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2005/04/16

[Link] Delights of GMing 

TRPG総合研究室 @ TRPG.NET掲示板

 ここの、(前後の議論はまぁ割とどうでもいいとは思っているのだが)『2005年04月15日:22時59分45秒「してやられた!」という愉しみ / boosuke』という書き込みには非常に同意。

 GMをやっていて、一番楽しいのは「PLが自分の予想を超えてシナリオをクリアする時」だよなぁ。
 GMはシナリオもPCのデータも既に知っている訳で、(どこかの掲示板で話題になっていた流行の)state-of-the-artな定番戦術でシナリオをクリアされても、感動はない。(逆に言うと、常にDM/他PLの予想を超えようとする試み(の一例)の様な、DMの予想を超えるPCデータみたいな先進的な試みは非常に素晴らしいと思う。特許と同じで新規性が重要なのだ。なるほど、power-gamingの楽しさというのは、ゲーム性云々ではなくDMの味わう驚きという側面から改めて再評価すべきなのかなぁ、とか思ったり。)
 そういえば、初めてShadowrunをマスタリングした時に、フーダニットな市販シナリオをGMして、PLが殺人現場でspiritを召喚して犯人を尋ねるとか言い出して、思わず固まった(小休止を言い渡して必死に善後策を検討したり)のは、今となっては良い思い出だなぁ。

 あと、「PLが自分のシナリオ以上の、シナリオ展開を思いついた時」というのも実は嬉しい。
 最近の記憶だとD&Dのシナリオで、書庫のあるダンジョンの情報をPCに与えて探索させて、出てきたところを襲撃して奪うつもりのNPCたち、という某市販シナリオをマスタリングしたのだが。ダンジョン内のイベント終了後に、PLが「あのNPCはDeneirのAvatarかなんかで」とかシナリオ展開予想を言い出した。確かにそれでも話は収まるよなぁ、その方が物語として奇麗だよなぁ、とか考えて、襲撃は無くなりAvatarなシーンを追加したりとか。
 この辺の、「シナリオ展開がGMにも予想出来ない --- PLの素晴らしい発想に驚く」という遊びを追求するという意味では、Act with Tarotという同人RPGは向いていたよなぁ。GMや他のPLも素晴らしかった。Act with Tarotはまた遊びたい(LEGOはもういいからTRPGに戻ってきてくれ>ゲームデザイナー)し、再評価されるべきだよなぁ、と思ったり。

 GMにとって、PCが予想通りの範囲でしか動かないならば、マスタリングは単なる作業に過ぎない、と私は思う。
 熟練GM/PLだった人々が、power-gamingに先鋭化したり、ボードゲームやMMORPGに流れたり、オフ会も宴会にしか来なくなったり、というのを(知人とかネット上の著名人とか)数多く見てきたつもりだが、経験を積めば積む程に新鮮な驚きとか無くなっていく訳で、長年TRPGを続ける難しさはその辺も原因なのかなぁと思ってみたり。

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